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朝九時。ぼくはうちを出て、図書館へ向かった。夏休みもあと十日。残った宿題を全部片付けてやろうと思ったのだ。暑い日差しが、もうアスファルト道路を焼いてる。セミの鳴き声のシャワーに、ぼくは包まれた。 「ねえ、きみ」 図書館脇にある公園の前を通りかかったとき、ぼくは後ろから声をかけられた。振り返ると、全身黒づくめの服に身を固めた少女が、そこに立っていた。 「ねえ、きみ」 少女は繰り返した。 「人間はなんて絶望的な存在なのかしら」 この少女を、ぼくは知っていた。隣のクラスの諏訪真理子とかいう生徒だ。 「きみは誰かから解放されたいと思ったことはない? 縛られていると感じたことはない?」 そう言って、ぽろぽろと涙をこぼし始めたから、ぼくは驚いた。 「わあ!」 思わず、ぼくは後ずさった。 「す、す、す、すみません」 「あ、きみ」 自分が何をしたわけでもないのに、何故か何度も頭を下げて、ぼくは逃げだした。 図書館での勉強は、思いの外、捗った。夏休みの宿題が全て終わり、ぼくはのびをした。そして、自分が空腹であることに気づいた。ぼくは図書館の地下にある食堂へと降りていった。食堂の入り口には、ホワイトボードに、下手くそな字で、今日の日替わりメニューが書いてあった。Å定食が、レバニラ炒め定食。B定食が、ラーメンと半チャーハンのセット。迷った末に、ぼくはB定食を注文した。ラーメンをすすりながら、ぼくは真理子のことを考えた。同じクラスの生徒でもない少女の名前を知っていたのには、訳がある。諏訪真理子の名前は、この街では、かなり有名だったのだ。小さい頃から、真理子は、児童画コンクールを総なめにしてきた。そして、史上最年少でのN展入選。「美少女天才画家」「早熟の天才」として、マスコミはこぞって真理子を取り上げた。真理子を特集したテレビ番組も放送された。テレビの中で、真理子は言葉少なだった。ただ、「芸術とは全ての破壊です。道徳や既成概念を覆すことが、私にとっての芸術なのです」そう語っていたことが、印象的だった。 その夜。ぼくはCDショップへ出かけた。お目当てのCDは、モリッシーの「ワールド.ピース.イズ.ナン.オブ.ユア.ビジネス」。 「世界平和なんて、あんたの知ったことじゃない」という皮肉なタイトルが、最高のアルバムだ。 ぼくは、CDを持って、レジに並んだ。レジの女の子は、うつむいたまま、レジを打ち、CDを袋に入れ、ぼくに渡した。 「ありがとうございました」 女の子が顔をあげた。 「あ!」 「あ!」 ぼくと彼女は、顔を見合わせて、同時に叫んだ。 「えっと、きみ。朝の…」 「杉崎だよ。杉崎裕一」 「そうそう。杉崎くんよね。隣のクラスの」 レジの女の子は、真理子だった。真理子が、ぼくが隣のクラスの生徒であることを知っていたことも驚きだったが、こんな場所で真理子がバイトしていることは、もっと