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「才能が欲しい!」 ある日、ぼくを自宅に呼び出して、真理子は叫んだ。 「私は彼のようにはなりたくない! 病院で死ぬ位だったら、キャンバスの前で死にたいわ。一作でいい。本当の傑作を遺して、私は死にたい!」 ぼくの前で、真理子は泣き崩れた。 「生きているのか死んでいるのかわからない…そんな生き方は、私はしたくない!」 言っていることは、無茶苦茶だった。真理子は、色々なことに、追い詰められているのだ。何と声をかけたらいいのか、ぼくはわからなかった、ぼくは、そっと真理子から離れて、外へでた。真理子と連絡が取れなくなったのは、その翌日からだった。 一週間が経っても、真理子は音信不通だった。電話はいつも留守電。真理子の家に行ってみたが、家族もおらず、玄関のドアには、しっかりと鍵がかかっていた。 「うちの両親はね。深夜にならないと帰ってこないのよ。お互いに好き勝手やっている。完全な放任主義よ」 いつか真理子がそう言っていたことを思い出した。 真理子のバイト先のCDショップへも行ってみたが、店長らしき男に「ああ、あの子なら一週間前に辞めましたよ」と言われただけだった。 彫刻家の所にいるのではないかと思って、Nヶ浜病院へも行ってみた。病室に真理子はいなかった。彫刻家は、相変わらず、目を見開いて、天井を見つめていた。ベッド脇のパイプ椅子に座って、ぼくは彫刻家に尋ねてみた。 「真理子はどこへ行ったんでしょうね」 当然、答えが返ってくるはずがない。ぼくは戯れに、彫刻家に話しかけただけなのだ。だけど、そのとき、彫刻家の口が僅かに動いた。 「タノム」 「え?」 この男は、確かに今「タノム」と言った! ぼくは、彫刻家に色々話しかけてみたが、彫刻家は目を見開いて、天井を見つめているだけだった。けれども「タノム」。その一言だけは、はっきりと聞こえたのだ。「わかりました」と言って、ぼくは病室を出た。その言葉が、彼に届いたかは、わからなかったけれど。 真理子から連絡があったのは、三週間が経った頃だった。 「久しぶりね。島崎くん。私、戻ってきたわ」 電話の向こうから、真理子の声が聞こえてきた。 「久しぶりじゃないよ! もう!」 あきれて、ぼくは言った。 「これまでどこにいたんだよ?」 「えーっと。海だの山だの、一人で旅してた」 「ほんと、きみらしいよ」 ますます、ぼくはあきれた。 「ねえ、杉崎くん。今から会えるかな? いつもの喫茶店で」と、真理子は言った。 ぼくと真理子は、喫茶店で向かいあっていた。 「やれやれ」と、ぼくは言った。