【DO!BOOK・ページリンク】
0000254001   7 / 8

BOOKをみる

10秒後にBOOKのページに移動します


「こんなんで、良く親が心配しなかったものだね」 「両親にはメール入れてたわよ。ちゃんと。うちの親はそれで何の問題もないの」 確かに徹底した放任主義だ。 「ぼくには電話もメールもしなかったのに?」 真理子は少し考えていたが、やがて言った。 「一人で考える時間が欲しかったのよ」 「それで…」 「とりあえず彼の側に居ようって決めたの」 「それは彼を愛してるから?」 「たぶん、違うわ」 真理子は、かぶりをふった。 「それは人としての責任みたいなものなのよ。今年のN展はあきらめる」 「きみは少し変わったみたいだ」 驚いて、ぼくは言った。 「きみから責任なんていう言葉が出るなんて、思わなかったよ」 「私が変わったのは、あなたのせいかもしれないわね」と、真理子は言った。 「私、あなたのこともずっと考えていたの。あなたのことを信頼しているし、手離したくないの。あなたといるととても気が休まるのよ。だから責任なんてことを、考え始めたのかもしれない。島崎くん。私、あなたの側にいてもいいかしら?」 ぼくは何と言ったらいいのか、わからなかった。 「そんな困った顔しないでよ」と、真理子は言った。 それから十日が経った。ぼくがモリッシーの「ワールド.ピース.イズ.ナン.オブ.ユア.ビジネス」を聴いていると、スマートフォンが鳴った。 「彼が逝ってしまったわ」 電話の向かうから、消え入りそうな真理子の声が聞こえてきた。 「病院へ来てほしい」 そこで電話は切れた。 ぼくが病室へ入ると、息を引きとった彫刻家の傍に、真理子が立っていた。彫刻家は静かに横たわっていた。何か変化があったようには思えなかった。目を開いているか、閉じているかの違い位なものだ。息絶える前から、彼はすでに死者の側にいたのだ。 「海へ出ましょう」と、真理子は言った。 ぼくと真理子は病院を出た。 「あの人が私の作品を褒めたことは、結局一度もなかったわ。私はあの人に認められたくて、絵筆をとっていたのかもしれないわね」と、真理子は言った。 「私がキャンバスに向かうことは、もうないかもしれないわ。今は悲しいというより、何故かほっとした気分なの。私は彼から解放されたの。今となっては、彼を愛していたのかどうかもわからない」